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能力評価の最後として、評価される側としてこれにどう向き合うかという話。
アップ・オア・アウトという厳しいポリシーながら、会社として十二分に注意を払い、誠意をもって評価を行なっているという話をしてきたが、これと同じ話を新しく入社してきた人にも話をすることがある。で、10人に1人くらいの割合で、この話が入ってしまって、目を輝かせてこんなことを言い始める人がいる
「いやぁ、評価を受けるのが楽しみです」
いやいや、それは違うって。。。
一応仮にもプロフェッショナルとして生きて行こうというのならば、俺の話を真に受けて目をキラキラさせたりなんかしないで欲しい。俺は嘘はついてはいないけれど、会社側からの話をしているに過ぎない。ちゃんと自分の立ち位置でその情報を消化して、自分が何をすべきかを考えて貰わないと。俺が騙したみたいになってしまう。勘弁してくれよ。
いいですか。
1.
アップ・オア・アウトというルールなのだ。中途採用者の多くが在籍していた日系大企業とは異なり、雇用者は守られていないのだ。相手があなたの命を奪う鋭利な刃物を持ってるようなものだ。誠意をもって慎重に扱うからと相手が言うからといって、その前に無防備に身を投げ出すことができるのがそもそも信じられない。
2.
どんなに誠実に熟慮して行うとはいっても、人間が人間を評価する、ということに変わりはない。人間は過ちを犯す生き物だ。どんなに精緻にやったとしても、時としてヒューマンエラーは起こるものだ。それはごく少ない確率かもしれないが、起こった時の被害は甚大だ。その状況下で「お任せ」と言って何も感じないリスク感覚は如何なものか。
3.
そもそも、他人にあなたのことが理解できるわけがない。あなたがこの会社に入る前に何をしてきたか、詳細は誰も知らない。ある面では、あなたはこの会社の誰よりも優秀な能力を持っているかもしれない。この会社の誰も見てない景色を見てきたかもしれない。そんなあなたが、壁に当たって悩んでいたとして、その悩みを100%理解できる人間がこの会社、いや、世の中にいると思いますか?
プロフェッショナルの世界では、他人と違うことが差別化になり、武器になる。それを追求するほど、他の人からは”成長の悩み”が理解されにくくなる。これは構造的な問題だ。
だから、自分の成長は、自分で考えていかなければならない。毎日毎日PDCAを繰り返し、いろんなものから刺激を受け、試行錯誤し、時に成功し時に失敗し、でも一歩一歩上に向かって上り続けた結果、明日が来るのだ。
その歩みを知らない他人、評価の時だけ自分を見に来た他人に、一体何がわかるのというのか。
プロフェッショナルとして生きようと思っている人ならば、そう思えていないとおかしい。もし他の人に容易に理解できる人生なのなら、それは、凡庸な人生だということだ。そういう生き方も良いとは思うが、ここはそういう場所じゃない。
あなたはそういう人ではないはずだ。
少なくとも、そうでない人になりたいからここに来たのだ。
だから、評価は丸腰で受けてはいけない。それは自殺行為だ。
自己評価を求められる機会があったら、徹底的に自分の成功シナリオに誘導する。いろいろ課題はあるけれども、学習と工夫によりスキルを上げ、それを一つ一つクリアしている。その結果、会社が求める成長カーブを描いている。そういった説得力のある成長ストーリーを描き切り、相手を呑み込むのだ。
一方、本当に重要な課題は自分でちゃんとわかっていないといけない。それを克服するために何をすべきかという点も十分考えこまれていなければならない。でもそれはあくまでも水面下で進めるべきだ。もしアドバイスが欲しかったら、非公式な場で相談したり、アドバイスを受けたりして改善してゆけばいい。わざわざ公式なプロセスという「舞台の上」で行う必要などない。
勿論、評価というのは良い機会だ。外部の客観的視点から診断されコメントが加えられる。もしかしたら秘めたる重要課題の解決に役立つヒントがあるかもしれない。勿論、評価自体も会社の上の人が時間を使って一生懸命やってくれているわけだから、有り難いと思うべきだ。
でも、最後はあなたが中心になっていないといけない。
それがプロフェッショナルの、
いや、一流のビジネスマンとして生きるための必要条件だと思う。