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鈴木宗男事件で逮捕・勾留された元外交官の佐藤優氏が当時の状況を描いた本。「国策捜査」という言葉が話題になり、また、特捜部の捜査手法への批判にもつながったりする本だけど、それはそれとして、ビジネス書としても示唆があり面白い。
逮捕勾留された著者は当然ながら容疑を完全否認するが、一方で、国家権力に対して個人が完全勝利することは不可能であるということも理解する。そこで、マイナスを最小限とするために何をすべきかを考え、実行してゆく。このあたりの心境や検察との攻防の内容が4章あたりから極めて詳細に記述されている。そしてこれが、交渉手法についての良いケーススタディになっているのだ。
まず、交渉の着地点をどう描くか。筆者は自分が本当に譲れないものを3点に絞り込み、一方で、相手側の状況や狙いを見極める。精緻に考えていけば両者のポイントが一致することはないので、それぞれを満足するような着地点を描いてゆくことができる。
次に、それに向けてどうやって相手を誘導してゆくか。相手の性格を分析し、会話を重ねる中で相手に自分の手強さを認めさせ、また、ある種の信頼関係も構築してゆく。着地点に向けて一定の譲歩をした方が得策だということを理解させ、こちらの要求も呑ませつつ、最後は供述書をまとめるという「協働作業」を行ってゆく。
自らの感情面のコントロールについての記述が何度も出てくるのも興味深い。プレッシャーに押しつぶされないことは勿論だが、反対に虚勢を張ることを避け、自らプライドが正確な判斷を鈍らせるリスクを警戒する。厳しい状況下ではこうした自己管理が重要であるというのは、自分の経験を踏まえても非常に納得感がある。
ビジネスを長くやっている人であれば誰でも厳しい交渉の経験はあるだろうし、自分なりの方法論を持っているものだと思う。しかし、本書を読むことでそれを客観視し、交渉とはどういうものかということを改めて考えることができる。佐藤優氏の驚異的な記憶力に基づく詳細な記述は、リアリティのあるケーススタディとして、いろいろな気づきを与えてくれる。交渉術などの手法本には興味ない私だけれど、この本は手元に置き、折にふれて読み返してみたいと思った。