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昨日(8/4)の日経新聞一面は「日立・三菱重工 統合へ」の大見出しが踊った。
2013年春の新会社設立に向けて新会社を設立して社会インフラ事業を統合するというもの。両者単純合算での売上高は12兆円を超えて、トヨタに次ぐ巨大メーカーの誕生となる。
読み物としては面白いが、両社を単純合算するような議論は実はかなり乱暴な議論ではある。合算で12兆と言っても6兆+6兆の話ではない。9兆+3兆の話で、かなり規模に差がある合併なのだ。9兆というのはもちろん日立、3兆が三菱重工だ。ちなみに3兆という規模はソニーの半分で、シャープと同程度。三菱重工は、意外に売上規模の小さい会社なのである。
三菱重工の売上構成は下の図の様になる。

「船舶・海洋」というのは造船事業のこと。「原動機」はボイラーやガスタービンなどで発電所の設備関連がメイン。Arevaと組んでいる原発事業もここに含まれる。次の「機械・鉄鋼」は交通システムやプラント、生産設備など。「航空・宇宙」は旅客機や軍用機、宇宙衛星など。「汎用機・特殊車両」はフォークリフトやターボチャージャーなどが含まれる。事業的に収益を上げているのは原動機と機械・鉄鋼で、他の部門は赤字か収支トントンといったところだ。
このうち日立と同様の事業は「原動機」と「機械・鉄鋼」の2部門で、売上高は合計1兆5千億になる。
一方、日立製作所の売上構成はこちら。

「情報通信システム」は日立情報などの情報システム事業。「電力システム」は発電機器関連。「社会・産業システム」はプラントや鉄道車両など。「電子装置・システム」は半導体製造装置など。「建設機械」は日立建機。「高機能材料」は日立電線や日立化成。「オートモーティブ」はカーナビと車載マイコン、サスペンションなどの自動車部品。「コンポーネント・デバイス」はHDDやLCDパネルなど。「デジタルメディア・民生機器」はTVや白物家電。「金融サービス」は日立キャピタル、といった具合で非常に幅が広い。一番儲かっているのは情報システムだが、他の部門も百億単位で利益を上げているものがほとんどだ。
このうち三菱重工と同様の事業は「電力システム」と「社会・産業システム」で、ここの売上高は計1兆9千億。全体の売上高の20%にすぎない。つまり、全社では9兆と3兆で3倍もの差があるが、共通事業分野での売上高の比率は、1兆9千億と1兆5千億で、1.3:1程度の差でしかないわけだ。
また利益面で見ると話はもっと変わってくる。三菱重工にとって「原動機」と「機械・鉄鋼」は収益性の高い事業であり、セグメント利益ベースで計1,100億も稼ぎ出している。一方、日立のこの2事業でのセグメント利益は合計560億と、三菱重工の半分だ。
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こうして両者の事業構成を紐解くと、それぞれから見た「事業統合」の意味が見えてくる。
三菱重工にとって見れば、関心があるのは共通事業分野のみであり、日立の稼ぎ頭である情報システム事業などは別に興味もないだろう。いわんや、半導体製造装置や電線、家電などはお荷物以外の何物でもない。また、当該事業の収益性は三菱重工の方が圧倒的に高いので、この事業統合は三菱重工にとって対等以上のものになるはずだ。
一方、日立という会社は事業の広がりが大きい会社で、いろいろ整理はしてきているが一般的な定義での「事業集中」には程遠い状況にある。経営ビジョンで「社会イノベーション事業」への集中を掲げているが、「社会イノベーション」には社会に関連するあらゆるものが包含されている。

そんな日立は、三菱重工と共通する2事業分野を核に事業を絞ってゆくなんてことは恐らく考えていない。特に高い収益を生む情報システム事業を手放すなど考えられないだろう。あくまでも全体のポートフォリオは日立流のままで、特定分野に強い三菱重工の事業を取り込みたい、という考え方になる。
事業を切り出して統合するか丸呑みにしてしまうかは、三菱重工にとっては重大問題かもしれないが、日立にとっては多分大きな問題ではない。
こうして考えてゆくと、日経のスクープにあるように、”両者の経営統合で単純合算で12兆の会社ができあがる” というのはかなり大雑把な議論だということがよくわかる。
また、こういう報道に対して、「そういうこともあるかもね」と言えるのは両社のうち日立だけだとも言える。
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日経のスクープを受けた昨日朝。報道陣に囲まれた日立の中西社長は、経営統合に向けた協議を始めることを明確に認めて車に乗り込んだ。これはテレビ東京でも報道され、日経のサイトでも動画を見ることができる。
9時になって両社は日経の報道に対するコメントをリリースした。日立のコメントは非常に淡々としたもので、この種の報道の後によくあるタイプのものだった。

しかし、三菱重工のリリースはトーンが大きく異なり、「今後も合意する予定はない」との記述まで踏み込んだものだった。これはこの種のリリースとしては極めて異例のことだ。

結局、当日午後に予定されていた記者会見は中止となった。日経は、午後に続報として、経営統合委員会が設置されて議論がなされる予定、などの報道を続けたが、それに対して三菱重工側は同日夜に再度強いトーンで否定のリリースを出した。

相当怒ってる感じだ。
もう一つ、背景情報として言うならば、三菱重工という会社は非常に気位の高い会社だ。
今でこそ売上高の面で他社に抜かれた存在ではあるものの、もともとは三菱グループの中核企業であり、天下国家を支える重工業の筆頭だった会社なのである。三菱グループの御三家と言えば、重工、三菱東京UFJ銀行、三菱商事だし、三菱グループ企業の懇親会である三菱金曜会では一番上座の席が三菱重工の指定席であると言われている。
そんな会社が他社に吸収合併されるかような記事を書かれて黙っていられるわけがない。
事業戦略的な合理性というより、無礼なことをされたという感情的な反発が強いかもしれない。歴史ある会社なので、会社の経営陣のみならず、OBの重鎮も多い。そういう人たちはあの記事を読んで怒り心頭に発したかもしれない。
もう一歩踏み込んで言うと、この日経スクープは三菱側からのリークではないかという話もある。日経としては三菱重工側からの話の裏を日立にとり、確認ができたので自信を持ってスクープしたということかもしれない。でもリーク元が三菱重工内で今回の話に反対する人だとすると、このような記事を書かせることで社内やOBの反発を誘い、統合話を暗礁に乗り上げさせるという狙いを持ってリークしたとも考えられる。
その昔、2005年頃の三菱自動車の経営危機の際に、さまざまなリーク記事が日経紙面を飾ったのが思い出される。そういう記憶をもって考えると、上記の憶測も何とはなしにリアリティを帯びてくる。
これ以上掘り下げるとスポーツ新聞みたいな話になってしまうので止めておくけれども、少なくとも両社の事業的親和性や日経報道の拙速さ、さらには三菱重工側の強硬な反発という事実だけを見ても、今回の話の実現はかなり難しいのではないかと思えるのであります。